みなさん、こんにちは「マナボックス」の菅野です。
今回で、第77回目です
世界的に有名なパブロ・ピカソ氏のこんな逸話をご存知ですか?
30秒で描いた絵の値段が100万ドル(1億円)のお話です。ある女性は、ピカソの大ファンだというこことで、用意した紙に「絵を書いてくれないか?」と尋ねたそうです。
そして、ピカソは、30秒ほどで、描きます。そして「この絵の値段は100万ドルです」と女性に言い、絵を渡すのです。
女性は困惑し、「この小さな絵を描くのに、あなたは『たった30秒』しかかっていませんよね」と言葉を返します。
その言葉を聞いたピカソは苦笑しながら「お嬢さん、それは違う。30年と30秒だ」と言います。この女性に「30年と30秒だ」と言い返したそうです。
ベトナム人のリンさん(日本語2級で日本への留学経験あり!しかも若い!)と一緒にベトナムのニュースについて解説していくコーナーです。
本日のテーマは、「ピカソ、「グエン・アイ・クォックという名前を持つ一人の画家がいる」」です。
ピカソ、「グエン・アイ・クォックという名前を持つ一人の画家がいる」
>>ピカソ、「グエン・アイ・クォックという名前を持つ一人の画家がいる」
20世紀の絵画界で最も偉大な天才であるピカソは、グエン・アイ・クオック氏がLe Paria紙で描いた絵画について、グエンさんのその魂と思想を心から称賛して語りました。 (*グエン・アイ・クオックという名前は、ベトナムの偉大な人物であるホー・チ・ミン主席がフランスに住んでいるときに使った仮名) 2010年5月にキムドン出版社が発行した『バック・ホー(ホーおじさん) 偉大なる愛』という本には、国内外の有名な芸術家からのホー・チ・ミン主席に関する感動的なお話が含まれ、ベトナム人でも知らない出来事がたくさんあります。それらのお話に付随して言及されているのは、芸術家たちが創造したホーおじさんについての作品です。例えば、 などの作品があります。 特に、1946年にパリでホーおじさんとピカソが出会ったというお話もこの本で語られています。これは、フランス共産党で活躍した2人の友人の何十年も過ごした後の思い出に残る出会いです。当時のホーおじさんの秘書であったヴー・ディン・フイン氏が語ったこの話は、カン・トゥ・コン著者が『バック・ホー 大いなる愛』という本で記録し、また1992年3月5日に発行されたApBac新聞にも掲載されました。 フランスに足を踏み入れたホー・チ・ミン氏の21歳のとき、パリの有名な画家になった30歳のピカソに会いました。二人は仲良くなり、それから相手と離れました。 1946年に、ホーおじさんはフォンテーヌブロー会談への出席のため、フランスに行きました。数十年の後、ピカソに再び会いました。当時のホーおじさんの秘書であったヴー・ディン・フイン氏は、二人の再会について次のように述べました。 ある日、ホーおじさんはこう言ってくれた。 「今すぐ軍服を脱いで、平服に着替えて、私と一緒に出かけてください。」 車に乗り込んだ後、ホーおじさんは「今日は、ピカソ名画家を訪ねますよ。」と共有した。 私は驚いて、「ホーおじさんは、ピカソ名画家をご存知ですか。」という質問をした。 「以前にお互いを知らないと仮定しても、パリに来たら、我たちは多くの人々を魅了してる芸術のある理解不能な絵画を創造した人に挨拶するべきだ」とホーおじさんは答えた。 ホーおじさんは予告なしにピカソのところに行った。ピカソのメイドがホーおじさんを玄関に連れてきたとき、名画家は知人の顔を認識して、急いでホーおじさんに向かって走った。 「グエンさん、こんにちは!」 二人はお互いを抱きしめた。それから、ピカソは一歩下がってホーおじさんの姿を眺めた。 「グエンさんは早く年を取っても、両目はまだ若くて、私たちがクラルテ(光)の本部で会った時よりも明るいらしいですね。」 ピカソはホーおじさんを連れて彼のギャラリーを見に行った。ホーおじさんはそれぞれの絵を観賞して、完全に沈黙した。私はホーおじさんの物思いに耽る顔にはっきりと表れている感情が見えた。ティールームに戻ったとき、ピカソはホーおじさんにこう尋ねた。 「グエンさん、ちょっとアドバイスをしてくれませんか?」 「私たちはピカソさんの芸術を観賞するため、ここに来ました。ピカソの絵についてのコメントの全ては、アートフレームの輪郭のようなことだけです。私はあまり絵画芸術についての知識がない人なので、本当にすみません。」とホーおじさんは言った。 ピカソは心地よく笑って、陽気な声でお話を続けた。 「グエンさんがLe Paria紙で描いた絵を今でも覚えています。グエンさんは中国語でグエン・アイ・クオックという名前を署名しましたよね。その日、私はアンリ・バルビュスに「少しの手描きのストロークだけで、我たちはその中に隠されている美しい思想、美しい精神が見える」と言いました。もし、グエンさんは画道を続けたら、多分いつかグエン・アイ・クォック名画家があるかもしれません。しかし、今日、グエンさんはもうホーチミン主席で、ベトナム民族と他の虐げられた民族のインデペンデンスとリバティーのための革命運動のリーダーになりました。」 ピカソはホーおじさんをお茶に誘って、それからホーおじさんの肖像画をスケッチした。完了したあと、ピカソはそのスケッチを画用紙収納バッグに入れた。ホーおじさんを見送るとき、それをホーおじさんに渡した。その後、ホーおじさんはその肖像画スケッチを贈ってくれた。 『バック・ホー 大いなる愛』からの抜粋(キムドン出版社、2010年5月) ありがとうございます。これはかなり、興味深いストーリーですね。あの有名な画家のピカソ氏とホーチミン氏の心温まるストーリーですね。 有名な画家のピカソ氏とホーチミン氏の心温まるストーリーパブロ・ピカソ氏とホー・チ・ミン氏の心温まるストーリー
以前はピカソ名画家とホー・チ・ミン主席の美しい友情を表しているストーリーです。
何とかして偉大な画家と偉大な政治家は、同志になり、二人の絆が何十年経っても断ち切られません。ベトナム人として、自分は、ピカソとホーおじさんの友情に深く感動しています。
確かに、国境を超えた友情ですね!とっても感動しました。