法律の成立と適用範囲
ベトナムでは2004年に初めて競争法が施行されましたが、経済状況の変化に対応するため2018年6月12日に新たな競争法(法律第23/2018/QH14号)が制定され、2019年7月1日に施行されました。
この2018年競争法は、ベトナム市場における競争制限行為(カルテルなどの反競争的行為)、経済的集中(合併・買収等)、不公正な競争行為などを包括的に規制する法律です。適用対象はベトナム国内で事業活動を行う企業全般(公共事業体や国有企業、外国企業の現地法人を含む)や業界団体など広範に及びます。
競争法の施行主体として、商工省傘下に国家競争委員会(VCC)が新設され、調査機関である競争調査庁(旧VCA)とともに法執行にあたります。2018年法では執行体制や手続も強化され、違反行為に対する行政処分や審判手続の詳細が定められました。
主な規制についてそれぞれ解説していきます。
- 競争制限的行為(カルテル)
- 市場支配的地位の濫用(独占禁止)
- 経済的集中の規制
- 不公正な競争行為の禁止
です。
マナボックスが提供するコミュニティ一覧は以下!
競争制限的行為(カルテルなど)
競争制限行為とは、事業者間の協定や共同行為によって市場における競争を実質的に制限する行為を指します。2018年競争法では、価格カルテルや市場分割など典型的な競争制限的協定を禁止しており、その内容は日本の独占禁止法における不当な取引制限に相当します。具体的には、事業者間で以下のような協定を結ぶことが禁じられています。
- 価格協定:商品の価格を直接または間接に協定すること
- 市場・供給源の分割:販売地域や仕入先を割り当てて競争相手を排除する協定
- 生産量や販売数量の制限:生産・供給量を制限する協定
- 技術開発・投資の制限:技術革新や投資を制限する協定
- 入札談合:入札においてあらかじめ受注者を調整する行為(いわゆる談合)
引用元:
① 価格協定(かかくきょうてい)
→ ある会社どうしが「おたがいに同じ値段で売ろう」と約束すること。
例)ジュースを売る会社が集まって「どこも100円より安く売らない」と決めたら、お客さんは安く買えなくなる。
② 市場・供給源の分割(しじょう・きょうきゅうげんのぶんかつ)
→ 会社どうしが話し合って「こっちはうちのエリア、そっちはあなたのエリア」と決めてしまうこと。
例)アイスクリームを売る会社が「東京ではA社、大阪ではB社だけが売る」と決めると、A社とB社がライバルにならず、値段も高くなりやすい。
③ 生産量や販売数量の制限(せいさんりょう・はんばいすうりょうのせいげん)
→ 会社どうしが「作る量や売る量を減らそう」と決めること。
例)ゲーム機を作る会社が「100万台しか作らない」と決めると、人気が出ても数が足りず、みんな高い値段で買うしかなくなる。
④ 技術開発・投資の制限(ぎじゅつかいはつ・とうしのせいげん)
→ 会社どうしが「新しい技術を作るのをやめよう」と決めること。
例)スマホ会社が「バッテリーが長持ちするスマホを作らないようにしよう」と決めると、みんな古いタイプのスマホを高いまま買うしかなくなる。
⑤ 入札談合(にゅうさつだんごう)
→ 会社どうしが「どこが仕事をとるか、前もって決めてしまう」こと。
例)道路を作る工事会社が「次の工事はA社が取る、その次はB社にする」と話し合うと、本当はもっと安く工事できるのに、高いお金がかかってしまう。
こんなふうに、ライバルどうしが本当の意味で競争しないと、お客さんが損をしたり、値段が高くなったりしてしまうんですね。
これらのうち、特に悪質な入札談合や市場からの排除を目的とする協定については、市場シェアに関係なく一律に禁止されています。それ以外の協定(価格協定や市場分割など)の場合、協定当事者の合計市場占有率が30%以上であれば禁止対象となり、30%未満であれば原則違反とならないとされています。
ただし、研究開発促進や中小企業の競争力強化など消費者利益に繋がる一定の要件を満たす場合には、当局の事前承認により例外的に協定が認められる可能性もあります。このように、新競争法では単純な市場シェア基準とともに、協定の競争影響を実質的に評価するアプローチが導入されています
市場支配的地位の濫用(独占禁止)
市場支配的地位の濫用とは、市場において高いシェアや支配力を持つ企業が、その立場を乱用して不当に競争を阻害する行為です。ベトナム競争法では、単独で30%以上の市場シェアを有する企業は市場支配的地位にあると推定されます。
複数企業のグループによる支配も定義されており、例えば2社で50%以上、3社で65%以上など一定の合計シェアを占める場合は共同で市場支配的地位にあるとみなされます。なお、競争相手が存在しない独占的地位(市場シェア100%)についても規定があります。
支配的地位または独占的地位にある企業が行う以下のような行為は濫用行為として禁止されています:
- 不当廉売:競争事業者を市場から排除する目的で、商品・サービスを原価を下回る価格で供給すること
- 不当な価格設定:著しく高い売値や不当に低い買値を設定したり、再販売価格の拘束によって取引先や消費者に不利益を与えること
- 生産・流通の制限:生産量や販売数量を絞ったり、市場参入を妨げることで供給を制限し、市場を支配すること
- 取引条件の差別適用:同じ内容の取引に対し、相手によって有利不利な条件を使い分け、公正な競争条件を歪めること
- 契約締結の強要:取引の際に、本来契約の目的と無関係な条件を押し付けたり、取引相手に不利益な義務を課すこと
- 新規参入の妨害:正当な理由なく市場への新規参入者の事業活動を妨げること
独占的地位にある企業については、上記に加えて「消費者に不利な条件を押し付ける行為」や「独占的立場を利用した一方的な契約条件の変更」も明示的に禁止されています。これらの規定は、日本の独占禁止法における私的独占や優越的地位の濫用(※後述)にも類似した概念ですが、ベトナム法では市場シェア30%という比較的低い基準で支配力を捉えている点が特徴でしょう。
市場シェアだけで一律に判断することの限界も指摘されており、市場定義の困難さや参入障壁の考慮不足など課題も指摘されています。
経済的集中の規制(企業結合審査)
2018年競争法は、合併・買収・事業譲渡・合弁設立などの経済的集中(企業結合)が市場に与える競争影響も規制対象としています。一定規模を超える企業結合は事前に国家競争委員会(VCC)への届出と審査が必要です。新法施行後しばらく具体的基準が未整備でしたが、2020年5月の政令第35号(Decree 35/2020)によって以下の基準が明確化されました。
- ベトナム国内における当事会社グループの総資産額または売上高が直近年度で3兆ドン(約1.3億ドル)以上である場合
- 取引価値が1兆ドン(約4,300万ドル)以上となる場合
- 当事者の合計市場シェアが20%以上に達する場合
上記のいずれかに該当する企業結合は実行前に必ずVCCに届出しなければなりません。
VCCは届出案件について、「ベトナム市場における競争に著しい制限的効果」を生じさせるか否かを基準に審査を行い、問題がないと判断すれば承認し、競争を著しく制限すると判断すれば取引を禁止・修正する権限を持ちます
。審査手続は一次審査(30日間)と詳細審査(最大90日間)の二段階で行われ、必要に応じて条件付承認や是正措置の提案も可能です。
なお、2018年法以前の旧競争法では、企業結合の禁止基準として「合計市場シェアが50%超」の場合に原則禁止、「30~50%」の場合には報告義務と制裁という明確なシェア基準が定められていました。
新法ではこれが撤廃され、上記のような多元的な基準による事前審査制に移行したため、企業は単純なシェアだけでなく資産規模や取引額にも注意を払う必要があります。
不公正な競争行為の禁止
2018年競争法は、競争そのものには直接大きな影響を及ぼさなくとも、企業間の公正を害し得る行為を不公正な競争行為として別章で規定し禁止しています。
これは日本の「不正競争防止法」における不正競争行為に類似する概念ですが、ベトナムでは競争法の一部として行政的な執行対象となっています。具体的に禁止されている不公正な競争行為の例は次のとおりです。
- 営業秘密の侵害:他社の営業秘密(トレードシークレット)を不正な手段で取得したり、権利者の同意なく開示・使用する行為。→これは実務上も発生してそうです。
- 取引妨害・取引強要:他社の顧客や取引先に対し、脅迫や強制によって当該競合他社との取引をやめさせたり、自社とだけ取引するよう仕向ける行為
- 信用毀損:競争事業者について虚偽の情報を流布し、その信用や評判、財務状態を悪化させるよう誘導する行為
- 業務妨害:競争事業者の事業活動を直接的または間接的に妨害し、中断させる行為
- 不正な顧客誘引:自己の提供する商品・サービスについて虚偽または誤解を招く情報を示し、あるいは競合他社の商品・サービスと比較して根拠なく優位性を主張することで、相手方の顧客を違法に誘引する行為→詐欺ですね。
- 不当廉売(ダンピング):競争事業者を市場から排除する目的で、商品の価格をコストを下回る水準に設定し販売する行為→やめて〜。
わかりやすく再説明します。
① 営業秘密の侵害(えいぎょうひみつのしんがい)
→ 会社がこっそり大事にしている情報(レシピや新技術など)を、勝手に盗んだり使ったりすること。
例)あるハンバーガー店の特別なソースの作り方を、元店員がこっそり別の店で使ってしまう。
② 取引妨害・取引強要(とりひきぼうがい・とりひききょうよう)
→ お客さんやお店に「ウチとだけ取引しろ! あっちと取引したらダメ!」と無理やり言うこと。
例)パン屋Aがスーパーに「Bのパンを売るなら、ウチのパンは置かせない!」と脅す。
③ 信用毀損(しんようきそん)
→ ウソの情報を流して、ライバル会社の評判を悪くすること。
例)A社が「B社のジュースには体に悪いものが入ってるよ!」と、ウソをSNSで広める。
④ 業務妨害(ぎょうむぼうがい)
→ ほかの会社の仕事をじゃましたり、うまくできないようにすること。
例)ピザ屋Aが、ライバル店Bの前に大量の車を止めて、お客さんが入りづらくする。
⑤ 不正な顧客誘引(ふせいなこきゃくゆういん)
→ 「ウチの商品はすごい!」とウソをついたり、ライバルより良いと根拠なく言ったりすること。
例)おもちゃ店Aが「B店のゲーム機はすぐ壊れる! ウチのは100年もつ!」とウソの広告を出す。
⑥ 不当廉売(ダンピング)
→ 他の会社をつぶすために、めちゃくちゃ安い値段で商品を売ること。
例)AスーパーがBスーパーをつぶすために、原価100円の牛乳を50円で売り、Bスーパーがやっていけなくなる。
こんなふうに、フェアじゃないやり方をすると、お客さんがだまされたり、ちゃんとした会社が損をしたりするんです!
これらの他にも、「他の法律で不公正な競争行為と定められた行為」についても競争法の下で処罰し得るとされています。不公正な競争行為に対しては、後述のように別途定められた上限額の罰金が科されるなど、反トラスト的な競争制限行為とは区別した枠組みで執行されます。
執行体制と罰則について
2018年競争法の下では、国家競争委員会(VCC)が中心となり法執行を行います。競争委員会は商工大臣への政策助言のほか、競争法違反行為の調査開始、経済集中の審査、違反審決への不服申立ての処理など広範な権限を持っています。実際の事件調査は競争調査庁(調査機関)が行い、必要に応じて競争制限行為審理評議会や不服申立評議会が個別事件ごとに設置され審理にあたります。これは日本の公正取引委員会の審判制度にも似た仕組みです。
競争法違反に対する制裁としては、主に行政的な罰金と是正措置命令が課されます。カルテルや支配力濫用、違法な企業結合など競争制限行為に対しては、関連市場における違反行為期間中の**売上高の最大10%に相当する額まで罰金を科すことができます。
一方、不公正な競争行為に対する罰金は最大2億ドン(約100万円弱)**と別枠で定められており、競争制限行為より上限額は低いものの刑事罰とは別に行政処分の対象となります。また、必要に応じて違反行為の停止命令や是正措置(例えば不当表示の取り消し、公正な条件での再交渉命令等)が発動されることもあります。これらの厳しい制裁規定により、企業に競争法遵守を促す仕組みが整えられています。
第46条:国家競争委員会の任務と権限、第50条:競争調査庁の権限、第111条:競争法違反に対する制裁あたりです。
日本とのざっくり比較だ!
このようになるんだとか。
比較項目 | 日本の不正競争防止法 | 日本の下請法 | ベトナムの2018年競争法 |
適用範囲 | 知的財産や営業秘密、不正競争行為 | 親事業者と下請事業者の取引関係 | 市場における競争制限行為・不公正競争行為 |
規制対象 | 営業秘密侵害、デッドコピー、不正な顧客誘引など | 支払遅延、代金減額、返品の強要、買いたたきなど | カルテル、市場支配的地位の濫用、企業結合規制、不公正な競争行為 |
主な禁止行為 | 営業秘密の漏洩、商品形態の模倣、不正な表示や宣伝 | 下請代金の支払遅延・不当減額、契約強制 | 価格協定、市場分割、入札談合、支配的地位の乱用、不当廉売 |
主な罰則 | 刑事罰(罰金・懲役)、民事的救済(差止・損害賠償) | 行政指導、勧告、罰則(公取委による指導) | 売上高の最大10%の罰金、企業結合の取消し、営業停止命令 |
執行機関 | 経済産業省(主に民事で対応) | 公正取引委員会(所管官庁: 中小企業庁) | 国家競争委員会(VCC) |
特記事項 | 知的財産関連の保護が主目的 | 下請取引の公正を確保するための特別法 | 下請法に相当する明確な個別法は存在しない |
面白いですね。