ベトナムに進出している企業の経理・財務・税務担当者の皆さん、「移転価格文書、出しましたか?」と聞かれて、ドキッとしたことはありませんか?
実は、ベトナムでは関連会社との取引(いわゆる「関連者間取引」)がある場合、**移転価格文書(Transfer Pricing Documentation*を作成・保管し、場合によっては提出しなければならないというルールがあります。
ところが、
「いつまでに作成すればいいの?」
「税務当局から言われたら準備すればOK?」
「そもそも義務あるの?」
といった疑問をお持ちの方も多いのではないでしょうか。私もよくわかっていませんでした😭。あとは実務と法務の乖離はある可能性はあります。
本記事では、ベトナムの政令132/2020/ND-CPに基づいて、「移転価格文書の作成・提出の期限」と「その法的根拠」について、実務目線で分かりやすく解説していきます。
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結論から先に! 提出期限には2つのフェーズがあります。
最初に結論だけ言っちゃいまいますね。
フェーズ | 内容 | 根拠条文(政令132/2020/ND-CP) |
---|---|---|
作成タイミング | 法人所得税の確定申告書を出す前までに作成し、保管しておく | 第18条 第6項 |
税務当局から提出要請があった場合 | 要請受領から30営業日以内(延長可:+15営業日) | 第18条 第7項 |
つまり、「作ってからしまっておく」が基本ルールです。いざ税務署に「見せて」と言われたときに、スムーズに出せるよう準備しておく必要があるのです。
このあと、そもそも「移転価格文書ってなに?」という基本から、実際の提出期限の詳細まで順番に解説していきます。
次のセクションでは、「移転価格文書の中身」や「作成が必要な企業」について見ていきましょう!
移転価格文書とは何か?
前提知識の確認です!
💡「移転価格」とは?
まずは基本のキから。「移転価格(Transfer Pricing)」とは、企業グループ内の関連会社同士で行う取引の価格のことです。
>>【中学生でもわかる】移転価格制度の仕組み 徹底解説!【図解でわかりやすく】
たとえば、ベトナム子会社が日本本社から部品を仕入れている場合、その「価格設定」が独立企業間と比べて適正か?というのが、税務当局のチェックポイントになります。
なぜなら、この価格を人為的に高く/安く設定することで、課税所得を操作できてしまうからです。
そこでベトナム政府は、「ちゃんと価格の根拠を示してね」というルール(=移転価格文書)を課しています。
📁 移転価格文書の3種類
政令132/2020/ND-CPでは、以下の3段階文書(OECDベース)+αの資料が義務付けられています:
文書名 | 内容 | 根拠(政令132号) |
---|---|---|
関連者間取引申告書(Form 01) | 関連会社や取引の概要 | 第18条第3項、附属書I |
ローカルファイル(Local file) | ベトナム法人の価格決定方針・機能分析・比較対象など | 第18条第4項(b)、附属書II |
マスターファイル(Master file) | グループ全体の移転価格ポリシー・バリューチェーン等 | 第18条第4項(c)、附属書III |
国別報告書(CbCR) | 親会社(最終本社)の国別利益分布 | 第18条第5項、附属書IV |
根拠は以下の通り。
📌 参考法令抜粋:
“Taxpayers shall be responsible for retaining and providing the transfer pricing files including… local files (Appendix II), master files (Appendix III), and Country-by-Country reports (Appendix IV).”
(政令132/2020/ND-CP 第18条 第4項)
誰が対象? すべての企業?
いいえ、対象は「関連者間取引を行う企業」です。
具体的には、以下のような企業が該当します:
- 親会社/子会社間で取引がある
- 同じグループ内で、販売・製造委託・貸付などの関係がある
- 取締役や株主が重複している会社と取引している
📌 どのような関係が「関連者」に該当するかは、政令132号の附属書Iに詳細が定められています。
⚠️ 書かなくてもいいケース(免除規定)
一定の条件を満たす場合、文書作成が免除されることもあります(例:売上が小さい、小規模企業など)。
この点は次章で詳しく解説します。
>>ベトナムの移転価格税制の文書の免除規定 どんな場合は、作成しなくていいの?【ベトナム税務】
移転価格文書の提出期限はいつか?(2つの視点)
移転価格文書には、「いつ作成すればよいか」と「いつ提出しなければならないか」という2つの期限があります。
これは混同されやすいポイントですが、実務ではどちらも非常に重要です。
✅ 作成期限:法人所得税確定申告の前まで
まず、移転価格文書はいつまでに作成しなければならないのか?
答えはズバリ、法人所得税の確定申告書の提出前です。
📌 法的根拠(政令132/2020/ND-CP 第18条 第6項):
6. Transfer pricing files must be compiled before the time of filing corporate income tax finalization returns each year, and must be deposited and presented to meet tax authorities’ requests for provision of information. When tax authorities carry out transfer pricing inspections and audits, the time limit for submission of the transfer pricing files shall be subject to regulations laid down in the Law on Inspection, starting after receipt of information requests.
Transfer pricing files and documentary information or evidencing documents must be provided by taxpayers to tax authorities in compliance with laws and regulations on tax administration. Sources of data, evidencing documents and records used as the basis for comparability analysis and determination of prices of related-party transactions must be clearly cited. In case where data of independent comparables are accounting data and figures, taxpayers shall be responsible for retaining and providing tax authorities with these data represented in a soft copy and in the spreadsheet format.
つまり、毎年の決算後にCIT(法人税)の確定申告を行う前までに、必要な文書はすべて作っておく必要があります。この規定上はですけどね。
この時点では「提出」は求められていませんが、「作成済み&保管済みであること」が義務です。
🗂【この時点で揃えておくべきもの】:
- ローカルファイル(自社の取引分析・価格根拠)
- マスターファイル(グループのTPポリシー)
- 関連者取引申告書(Form 01)
📨 提出期限:税務当局から要請があった場合
次に、「税務署から文書の提出を求められたら?」
この場合は、明確な提出期限が定められています。
📌 法的根拠(政令132/2020/ND-CP 第18条 第7項):
“The time limit for submission of the transfer pricing file shall not be longer than 30 working days from the date of receipt of the tax authority’s request.
In case where sound reasons are provided… shall be extended only once to no longer than 15 working days.”
📅 提出期限は:
- 税務当局からの書面通知の受領日から30営業日以内
- 正当な理由があれば、一度だけ最大15営業日の延長可
🔔【実務アドバイス】:
- 書面での通知が来たら、即座に社内で対応準備を開始すること
- 延長を希望する場合は、文書で正当な理由を申請することが必要
- 応じないと、文書不備による追徴・ペナルティのリスクがあります
📌 整理するとこうなります!
シチュエーション | 期限 | 根拠 |
---|---|---|
作成(保管用) | 法人税申告の前まで | 第18条 第6項 |
税務当局からの提出要請 | 通知から30営業日以内(+延長15営業日まで可) | 第18条 第7項 |
なるほどですね。作成と提出が違う!というのがポイントかも。
移転価格文書の提出義務に違反した場合のリスク
ベトナムでは、移転価格文書の作成・保管・提出の義務が政令132/2020/ND-CPで明確に定められています。
では、この義務を怠った場合、実際にどのような不利益があるのか?
この章では、「出さなかった」「遅れた」ことによる罰則・税務リスク・よくあるトラブルについてお伝えします。
リスク1:移転価格の否認(課税調整)
移転価格文書がなければ、税務当局はこう言ってきます。
「根拠がないなら、ウチで推定しますね」
これが最もよくある問題です。
政令132号では、納税者が適切な比較対象・価格決定方法を提示しない場合、税務当局が独自に価格を決定できると定めています。
📌【根拠】第18条 第2項:
“Taxpayers shall assume responsibility for demonstrating their compliance… upon the request of regulatory authorities.”
つまり、書類がなければ:
- 利益が「過少」だとみなされて課税所得が増加
- 過去3~5年分を遡って追徴課税されるケースも
リスク2:罰金・加算税の対象に
書類がない、または期限に間に合わない場合、罰金(行政制裁)が科されることがあります。
【参考】文書不備に対する罰金は2,000,000〜25,000,000VND(約1万〜15万円程度)とされています
また、それに加えて
- 延滞利息
- 税務調査コストの負担 など、実質的なコストがさらに膨らむ可能性があります。
リスク3:税務調査での“印象悪化”と調査対象化
移転価格文書は「作っておけば安心」という“保険”のようなものです。
文書が整っている企業は「しっかり管理しているな」と思われ、逆に書類がない企業は今後も要チェックリスト入りしてしまうことも。
実際に現地の税務コンサルタントからは、
「移転価格文書の未整備企業は、税務調査のリスクが2~3倍になる」
という声もあります。
✋ よくある悩みの例
- 「ローカルファイルは作ったが、マスターファイルは未提出だった。それでもいいの?」
- 「Form 01の添付を忘れた」
- 「英語版しか用意しておらず、提出を拒否された」
- 「データの出所が記載されておらず、比較対象として否認された」
どれも小さなミスに見えますが、税務調査の場では大きなトラブルの火種になります。
まとめ:リスクを避けるために
- 法人税申告前には文書を完成させておく
- 税務当局からの通知が来たら、即提出準備
- 最低限、「Form01」+ローカルファイルは必須
- ベトナム語または税務署が理解できる言語で準備
- 不安なら早めに専門家へ相談
よくある誤解と実務での注意点
移転価格文書に関しては、「知っているつもり」でも実は間違っていた…!ということが少なくありません。
この章では、実務現場でよくある誤解と、それに対する正しい対応策をご紹介します。
❌ 誤解①:「税務署から言われたら作ればいいでしょ?」
これは最も多い誤解です。
政令132/2020/ND-CPでは、**提出前ではなく「法人税申告前に作成・保管する義務」**が明記されています。
📌 第18条第6項:
“Transfer pricing files must be compiled before the time of filing corporate income tax finalization returns each year…”
🛠 対応:
- 決算後すぐに準備をスタートする(例:1月決算なら3月末までに)
- ローカルファイルとマスターファイルはできれば同時進行で作成
❌ 誤解②:「うちは売上が小さいから関係ないはず」
たしかに一定の条件を満たす企業は、文書作成が免除される場合もあります(政令132号 第19条)。
しかし、「申告そのもの」は全企業に義務があります(Form 01の提出など)。
📌 第19条では、以下のような条件で免除を規定:
- 年間売上 < 500億VND & 関連取引 < 300億VND
- 簡易な機能で利益率が一定以上 など
🛠 対応:
- 免除されるかどうかは自己判断せず、明確にチェック
- 「免除の申告書」も忘れずに提出
❌ 誤解③:「とりあえずExcelでざっくりまとめておけばOK」
形式や記載内容には一定のルールがあります。
特に、比較対象企業のデータの出所や整合性があいまいな場合、否認される可能性があります。
📌 第18条第6項より:
“…must clearly cite sources of data, evidencing documents and records used as the basis for comparability analysis…”
🛠 対応:
- 比較対象企業の財務データは、出所(例:Bloomberg, Orbis等)を明記
- データは可能な限りスプレッドシート形式で保存
❌ 誤解④:「英語で書いてるから、どの国でも通じるはず」
ベトナムでは、英語での提出を受け付けてくれる場合もありますが、**原則としては「ベトナム語」**が基本です。
一部の地方税務署では、英語文書をそのまま拒否される事例も。
🛠 対応:
- 少なくともForm 01と概要部分だけはベトナム語に翻訳
- 重要な節にはベトナム語サマリーを添付
❌ 誤解⑤:「税理士に全部任せれば安心」
専門家のサポートは非常に有効ですが、「自社で何も把握していない」のはリスク大です。
税務当局は、納税者本人に説明責任があるとしています(第18条第7項)。
🛠 対応:
- 移転価格方針・文書の中身は、社内でも理解しておく
- 外部委託先とは定期的に進捗と内容を確認
まとめと実務アドバイス
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
最後に、ベトナムの移転価格文書に関するポイントを総ざらいして、実務でそのまま使えるアドバイスにまとめます。
今一度おさらい:提出期限は2つのステージ
タイミング | 何をするか | 提出期限 | 法的根拠 |
---|---|---|---|
法人税申告前 | 書類を作成し、保管 | 決算後90日以内 | 第18条第6項 |
税務署からの要請後 | 書類を提出 | 30営業日以内(延長可:+15営業日) | 第18条第7項 |
実務チェックリスト
✅ 決算後すぐに移転価格文書の準備を開始したか?
✅ Form 01(関連者間取引申告書)を法人税申告と一緒に提出したか?
✅ ローカルファイル・マスターファイルは作成済みか?
✅ CbCRが必要なグループかどうか、社内で確認したか?
✅ 税務当局から要請が来たときの体制・担当者の連絡ルートは整っているか?
💡 実務アドバイス
- “今”作るべき書類か、それとも“要請時”に提出するのかを明確に
- 文書の**保管方法(電子/紙、ファイル名、翻訳有無)**を社内で標準化
- ベトナム語対応の文書・サマリーの用意がスムーズな対応の鍵
- 外部の会計事務所・コンサルタントと年に1度はレビュー面談を