日本企業にとって、アジア市場への足がかりとして注目されているベトナム。その中でも「駐在員事務所(Representative Office)」は、比較的低コストで現地進出できる柔軟な手段として人気です。今回は、駐在員事務所の設立から運営、そして撤退までをやさしく、でも網羅的に解説していきます。
この記事のもくじ
ベトナムの駐在員事務所ってどんなもの?
駐在員事務所とは、外国企業がベトナムに開設できる”非営利の拠点”のこと。法人格は持たず、主に以下の活動が認められています。
- 親会社との連絡業務
- 市場調査や情報収集
- 商品・サービスの宣伝(広告法に基づく範囲内)
- 展示会への出展や商談の支援
ただし、法律上、収益を生む行為(契約・販売・請求書発行など)は一切禁止されています(政令07/2016/ND-CP 第7条)。あくまで準備活動に限定される点に注意が必要です。
【設立までのステップ】まずはここから!
設立までのステップの流れをご紹介しますね。
▶ 設立先はどこに申請するの?
ベトナム国内の商工局(Department of Industry and Trade)が窓口です。
工業団地に設置する場合は管理委員会が対応します。
▶ 必要な書類(代表的なもの)
書類 | 補足 |
---|---|
親会社の登記簿謄本 | 発行後3ヶ月以内+公証+領事認証 |
親会社の定款 | 翻訳+公証 |
駐在員事務所長の任命書 | 本社からの正式文書 |
所長のパスポート | コピー+翻訳+公証 |
オフィスの賃貸契約 | 原則1年以上、住宅不可 |
📌【注意】親会社が設立から1年以上経過していることが条件です(政令07/2016/ND-CP 第7条)
住所の論点も説明しておきますね。
>>M-Lab_駐在事務所でライセンス以外の住所のオフィス費用の2つのリスク
▶ スケジュール感と費用
内容 | 目安 |
---|---|
日本での書類取得・認証 | 2〜3週間 |
ベトナム当局の審査期間 | 約10営業日(実務では2〜3週間) |
全体の設立期間 | 1〜2ヶ月 |
費用 | 行政手数料:約1.3万円+翻訳・専門家の代行費用(合計1000〜3000USDのイメージ) |
駐在事務所が設立されれば以下のライセンスを取得できます。
>>ベトナムの駐在事務所のライセンスについて解説【画像付き】
活動内容:何ができて、何ができない?
駐在事務所はできることとできないことが明確です。
✅できること | ❌できないこと |
---|---|
市場調査 | 商品販売、営利の事業活動 |
展示会参加 | 顧客への請求・入金 |
広報・広告(合法範囲) | 契約締結 |
渉外活動・連絡窓口 | 在庫の保管・配送 |
以下が法的な根拠です。
🔖 法的根拠:政令07/2016/ND-CP 第9条、第17条
駐在員事務所の税務・会計ルール
「売上ゼロ」の駐在員事務所ですが、税務登録は必要です!
▶ 税務のポイント
- 法人税(CIT) → かかりません
- 付加価値税(VAT) → 該当なし
- ライセンス税 → 免除
- 個人所得税(PIT) → 従業員に対してのみ申告・源泉徴収あり (通達105/2020/TT-BTC)
以下に関連する論点の記事のリンクを貼っておきます。
>>駐在事務所の駐在員の個人所得税(PIT))の申告は月次?四半期?
>>駐在事務所から現地法人になった場合のベトナム個人所得税申告書の論点
▶ 会計処理は?
帳簿提出義務(親会社のお財布だから会計帳簿がそもそもない)はありませんが、経費の管理はしっかり記録しましょう。レッドインボイスも必ず入手しましょう。
>>【ベトナム税務講座】駐在事務所でもレッドインボイス必要?
特に、閉鎖時や更新時に税務調査が入るケースあり。レシートや領収書も含め、証憑の整理をおすすめします。
【会計管理】
財務諸表の提出義務はありませんが、税務調査に備えて記録(経費・送金等)はしっかり保存しましょう。現金出納帳等(小口現金出納帳)の管理は必至です。これ、個人所得税にも影響するんですよね。
ベトナム駐在員事務書のスタッフ雇用とビザの話
▶ ベトナム人スタッフを雇うには?
- 雇用OK(人数制限なし)
- 労働契約を締結(ベトナム語が原則)
- 社会保険・失業保険の加入が必要
- 10人以上雇うと就業規則の届出義務(労働法第119条)
▶ 駐在員(外国人)の労働許可証やビザは?
- 労働許可証(Work Permit) → 原則必須(政令152/2020/ND-CP 第11条)
- 労働許可証取得後 → TRC(在留カード)の申請が可能(有効期間:最長2年)
▶ 家族も一緒に住める?
はい。**TTビザ(家族帯同ビザ)**で配偶者・子どもが一緒に滞在できます。
ただし、結婚証明書や出生証明書の公証・翻訳が必要になります。
>>【知っておくべき!】ベトナムに渡航するためのビザ(査証)情報のまとめ【種類・取得・免除】
雇用可能な人材と人数: 駐在員事務所でも現地スタッフ(ベトナム人社員)を採用し、事務所要員として働いてもらうことができます。活動内容が限定されるため、主な職種は総務・秘書、調査要員、連絡担当者等になりますが、法令上雇用人数の明確な上限は定められていません。必要に応じ、本社採用の駐在員(外国人)と複数名のローカルスタッフで事務所を運営することも可能です。ただし、10名以上のスタッフを雇用する場合は就業規則の作成・当局への登録が必要になる点は現地法人と同様です。
一般的には駐在員事務所の規模は小規模に留まることが多いですが、法的には事業内容(非営利活動)の範囲内であれば複数のスタッフ配置自体に問題はありません。
現地スタッフの採用手続: ベトナム人スタッフを採用する方法は、直接募集と人材紹介会社等を通じた募集の双方があるでしょう。(2021年施行の政令152/2020/ND-CPにより明確化)。従来、外国企業の駐在員事務所は労働局や国家承認の機関を通じて採用するよう求められていましたが、現在は駐在員事務所が自ら候補者を募集・雇用契約を締結することも可能です。
もっとも、駐在員事務所は法人格が無いため労働許可証の申請者(雇用者)として一部制約がある場合もあり、必要に応じ現地の職業紹介センター等の支援を受けることも検討します。
労務管理と法定福利: 駐在員事務所で雇用する従業員にはベトナム労働法が適用され、その管理義務は現地法人とほぼ同様です。具体的には、労働契約書の締結(無期・有期いずれも可、ベトナム語併記推奨)、就業規則の作成・届け出(※従業員10名以上の場合)。、社会保険・医療保険・失業保険への加入及び保険料納付、労働簿(従業員名簿)の管理、労働報告の提出(年次・四半期)等が求められます。駐在員事務所は営利事業ではありませんが、「使用者」としての責任は生じますので、労働契約上の義務履行や適正な人事管理が必要です。
外国人駐在員の雇用: 駐在員事務所には通常、日本本社から派遣される**駐在員(所長や駐在スタッフ)**が勤務します。また必要に応じ、本社以外から専門人材を外国人として雇用することも可能です。外国人が駐在員事務所で働く場合、基本的に労働許可証(ワークパーミット)の取得が必要です。駐在員事務所は投資形態ではないため労働許可証免除の特典は無く、原則全ての外国人スタッフ(所長含む)が許可証を取得しなければなりません。労働許可証の申請手続きは現地法人の場合と同じく、地方労働局(または工業団地管理委)への「外国人雇用計画の届出」→「労働許可証申請」の順で行います。所長についても例外ではなく、就労ビザを得て在留するためには労働許可証の取得が求められます。
ただし所長は親会社から派遣された駐在員であるため、申請時には本社からの派遣辞令や在籍証明等を添付し、社内異動としての位置づけで許可証を取得するケースが一般的です。なお、外国人スタッフを雇用する場合、駐在員事務所自体に労働法上の外国人受入枠(クォータ)の制限は特にありませんが、実務上は所長1名+数名程度に留まることが多いです。
駐在員事務所の所長と会社の法的代表者の兼任はできないのでそこは注意が必要です。
オフィスはどんな場所が必要?
駐在員事務所の「住所」として認められるには、いくつかの条件があります:
- 商業用不動産であること(住宅不可)
- バーチャルオフィスは原則不可(物理的な部屋が必要。この辺りは実務を要確認です!省によって違ったり)
- 原則として1年以上の賃貸契約が望ましい
オフィス:登録予定の所在地は、法律上オフィス用途で使用可能な建物でなければなりません。純粋な住宅用アパートや戸建住宅などは事務所登録が認められない場合があります。賃貸契約書と併せて、物件オーナー側の営業許可証や土地使用権証明書を提出することで、その場所が適法に賃貸されていることを証明します。
バーチャルオフィス:住所貸しのみのバーチャルオフィス(共有住所サービス)や郵便受けサービスのみの所在地では、申請が却下されたり許可期間を短縮されたりする例があります。個室のある実在オフィスを契約することが望ましく、できれば駐在員事務所の活動期間に見合った長期賃貸契約を結ぶのが安全です。
賃貸期間と許可期間の関係: 一度に認可される駐在員事務所の活動期間(許可証の有効期間)は最長5年ですが、その期間は提出する賃貸契約の残存期間にも影響を受けます。一般に1年以上の契約を締結していれば最長5年の許可が下りやすい傾向があるようです。
逆に数ヶ月~1年未満の短期契約やバーチャルオフィス契約の場合、許可自体が認められなかったり、認められても1~3年程度の短縮期間でしか許可が下りないこともあります。したがって、少なくとも1年以上(可能ならそれ以上)の賃貸契約を用意するのが望ましいです。
所在地変更: 駐在員事務所は許可取得後に所在地を変更することも可能ですが、その際は変更後10営業日以内に商工局への届出とライセンス書き換え申請が必要です。新しい物件についても上記と同様の条件を満たす必要があります。
❗許可期間は賃貸期間に影響されるため、短期契約だと短い許可しか出ないことも。これも省によるんですよね。
駐在員事務所の年次報告と更新を忘れずに!【コンプライアンスレポート】
- 毎年1月末までに、前年の活動報告書を商工局に提出(政令07/2016/ND-CP 第32条)
- 駐在事務所の許可証(ライセンス)の有効期間は最長5年、満了30日前までに更新申請が必要
>>【これは便利!】2025年度ベトナムビジネスカレンダー 会計・税務、法務報告のデッドラインが一目でわかる!
少し深堀します。
年次活動報告: 駐在員事務所は、管轄する商工局に対し毎年の活動状況報告を提出する義務があります。具体的には、前年の活動内容(市場調査や取引先との連絡実績など)をまとめた報告書を作成し、翌年1月末日(1月31日)までに提出します。この年次報告は、駐在員事務所が許可された範囲内で適正に活動しているかを当局が把握するためのものであり、提出を怠ると罰金や是正指導の対象となり得ます。報告様式は商工局所定のフォームがあり、事務所名、所在地、所長名、従業員数、本社との連絡業務内容などを記載します。最近ではオンラインでの提出システムが整備されている地域もありますが、基本的には書面提出が求められるため注意が必要です。
事項変更時の報告義務: 駐在員事務所に関する登録情報(親会社や駐在員事務所の名称・住所、親会社代表者、駐在員事務所長など)に変更が生じた場合、10営業日以内に管轄商工局へ届け出てライセンスの記載内容修正を受ける必要があります。これは2016年の政令改正で期限が従来の60営業日から短縮されたもので、見落としによる期限超過がないよう留意が必要です。変更届では、変更内容を示す本社の決定書や新旧情報証明書類(例えば親会社の社名変更ならその登記事項証明、新任所長なら任命書とパスポート等)を提出し、許可証の書換え手続きを行います。
許可証の更新(延長): 前述の通り、駐在員事務所の設置許可証の有効期間は最長5年です。引き続き活動を継続する場合は、有効期限が切れる30日前までに更新申請を行う必要があります。更新申請では、現在の許可証、親会社の存続証明(登記簿謄本の更新版)や直近期の財務諸表、活動報告書などを添えて提出します。許可更新も基本的には新規設立時と同様の審査が行われますが、過去の年次報告未提出や法令違反があると更新が拒否される可能性があります。更新許可が下りると、新たに最長5年の期間延長が認められます。
監督機関: 駐在員事務所の主たる監督官庁は許可証発行元の商工局ですが、場合によっては税務当局や労働当局からの監査・調査もありえます。例えば税務面では、先述の通り定期の税務調査は稀でも閉鎖時や延長時に税務監査が実施されます。
労働面では、労働局が外国人労働許可や社会保険加入状況をチェックすることもあります。違反が認められた場合、是正命令や罰金、最悪の場合駐在員事務所許可の取消しといった行政処分が科される可能性がありますので、報告義務や各種届出を確実に履行することが肝要です。
駐在員事務所の閉鎖・撤退するには?
駐在員事務所を閉じるにあたり、次のようなステップが必要です。
【閉鎖の手順】(政令07/2016/ND-CP 第35条)
- 商工局に閉鎖通知書を提出
- スタッフとの労働契約終了・社会保険解約
- 未納税金・家賃・契約清算を完了
- 税コード(納税番号)と印鑑の抹消手続き
- 商工局から正式な終了通知書を受け取り完了!
詳細は以下の通り。
>>ベトナムで駐在事務所を閉鎖する方法・手順を6つのステップで解説!
顧問のお客様向けには以下の情報も提供しています。
>>M-Lab_駐在事務所の閉鎖の申請書(フォーム〇〇)を写真で徹底解説!
駐在員事務所はこんな方におすすめ!かも
- 「ベトナムに将来的に進出したいけど、いきなり法人は不安…」
- 「現地に拠点を持って、取引先との関係を深めたい」
- 「営業は禁止されてても、調査や渉外は必要!」
という方には、駐在員事務所は最適な第一歩かもしれません。
ただ、閉鎖へのコスト(時間とお金)という点もあるので必ずしも望ましいという選択肢ではありません。この辺りは事前に十分に検討されることをおすすめします。
注意点として以下のようにまとめました。
法改正動向: ベトナム政府は外資企業の駐在員事務所に関する規制を適宜見直しており、2016年の政令07/2016/ND-CPでは申請要件の明確化や報告期限の短縮化などが行われました。また2020年の政令152/2020/ND-CPでは、外国人労働許可制度の変更やベトナム人雇用手続きの規定が改正され、駐在員事務所にも影響を及ぼしています。近年は現地法人設立手続きが簡素化される一方、駐在員事務所の活動範囲はより限定される傾向にあり、当局の監督も厳しくなってきています
。例えば、かつて黙認されていたグレーゾーンの営業行為が取り締まられるケースや、年次報告未提出に対する罰則強化などが報告されています。最新の法令改正情報に常に注意を払い、コンプライアンスを遵守することが重要です。
頻出するトラブル事例: 駐在員事務所運営において日本企業が陥りやすいミスとして、年次報告の失念や許可証更新申請の失念が挙げられます。報告漏れや更新遅れは罰金の対象となり、悪質な場合は事務所閉鎖命令につながる可能性もあります。また、駐在員の個人所得税申告漏れにも注意が必要です。日本側で受け取る給与を申告せずに放置した結果、税務調査で追徴課税と巨額の罰金・延滞利息を課された例もあります。
またよくあるのはレッドインボイスがない経費を「個人の所得」とみなすパターンでs。
さらに、所長が長期不在時に権限委任を怠ったために行政手続き上問題となるケースもあります。所長が30日以上国外に出る場合、新たな所長選任か代理人への正式委任が必要であることを忘れないでください。
実務上の留意点: 駐在員事務所は設立・維持コストが低く進出初期には有用ですが、その性質上できることとできないことが明確です。将来的に現地で販売・事業展開を計画している場合は、適切なタイミングで現地法人設立への切り替えを検討する必要があります。
また、設立手続きでは日本側書類の公証・認証取得に時間を要するため、計画段階から余裕を持って準備することが望まれます。書類不備や物件要件の未充足は許可遅延の主因となりますので、専門家のチェックを受けることも有効です。加えて、駐在員事務所は親会社が存続していることが前提となるため、親会社に解散・合併など重大な変更が生じた場合は速やかに駐在員事務所の措置(変更届や閉鎖手続き)を検討してください。
まとめ
本日は「ベトナム駐在員事務所の論点」をまとめるというテーマでお伝えしました。
ベトナムの駐在員事務所は、「非営業」だけど「本格的な足がかり」として非常に優れた選択肢です。
少ないリスクで市場に近づき、将来の展開を見据える第一歩を踏み出せます。
最後に、ベトナムの法令や実務運用は頻繁に変化するため、常に最新情報を入手しながらコンプライアンスに努めることが、駐在員事務所運営の成功につながります!