ハノイでドラえもんに関する特別展覧会が行われていました。1992年にベトナムで初めて紹介されて以来、「ドラえもん」は子どもから大人まで幅広い層に愛され続けています。「ドラえもん」がベトナムに根付く過程を年代記として振り返り、30周年を記念する特別展示会と、レンタル市場の発展や経営のヒントに焦点を当てます。

特別展覧会では以下のように説明されていました。

ドラえもん展示会 – ドレもんからドラえもんまで、ベトナムでの30年の旅 親愛なる皆さん、 1992年にベトナムで初めて「ドラえもん」の放送が開始されてから、この展示会は「ドラえもん」のベトナムでの足跡をたどります。初めてのエピソードから現在まで、多くのベトナム人に愛され続けています。 この展示会は、キム・ドン出版社によって始められたもので、ベトナムでの「ドラえもん」の放送開始以来の歴史や文化的影響を振り返ります。1990年代には、キム・ドン出版社がベトナムでの漫画の普及に大きく貢献しました。それ以来、このキャラクターはベトナムの子供たちにとってかけがえのない存在となり、数多くの商品やメディアで取り上げられています。 この30年間で「ドラえもん」は、ベトナム文化において重要な役割を果たし、多くの人々の生活に深く根付いています。展示会では、その影響力と共に、ベトナムでの成長と進化の歴史をたどることができます。2010年には、さらに多くの視聴者に受け入れられるように、既存のエピソードが現代的な感覚に合わせて改訂されました。また、ドラえもんはベトナム国内での教育や文化活動においても、重要な役割を果たしてきました。

この展示会は、ベトナムにおける「ドラえもん」の足跡をたどるだけでなく、世代を超えて変わらない普遍的なメッセージを伝え、未来への希望を示す場でもあります。展示される内容は、多くの人々に愛されるドラえもんの物語を通じて、青春の思い出や夢を呼び覚ますことでしょう。 最後に、この展示会がベトナム全土で開催されることで、より多くの人々がドラえもんとその物語に触れ、インスピレーションを受ける機会を持てることを願っています。ドラえもんがもたらす喜びと教訓は、これからも長くベトナムの人々の心に残ることでしょう。 敬具、 チュー・キム 展示会プロジェクトチーム ベトナム漫画愛好家協会

ドラえもんはベトナムでも愛され、子供に大きな影響を与えてきますね。この展示は、キムドン出版社の編集長から「ドラえもんがベトナムの子供たちに与えた影響を称え、さらに創作のインスピレーションを提供する場」と評されています。

ドラエモン – ベトナムにおける30年の歩み

それではベトナムにおけるドラえもんの歴史を振り返ってみましょう。「ドレもんからドラえもん」です。

1990年

  • キムドン出版社のマネージャーであるグエン・タン・ブー氏は、日本でドラえもんのコミックシリーズが非常に人気があることを知り、ベトナムに導入して翻訳することを決めました。

1992年

  • グエン・タン・ブー氏とキムドン出版社は、日本の小学館で正式にシリーズの翻訳と出版のライセンスプロセスを開始しました。この合意は1992年後半に完成し、ホーチミン市での出版が発表されました。

1993年

  • 1993年に「遥かなる地へ」と「青い空の下での魔法の冒険」というタイトルの最初のコレクションが発行され、週刊短編も同時に発行されました。

1995年

  • 1995年12月17日、ドレもんの最終巻である77巻と78巻が発行されました。その後、新たな版を印刷する権利は延長されませんでした。

1996年

  • 1996年1月、藤子・F・不二雄氏がベトナムを訪れ、キムドン出版社にドレもんシリーズの出版権を正式に付与する手続きを完了しました。この合意により、ベトナムでのシリーズ販売が許可され、以前の版が印刷されないことが規定されました。

1998年

  • ドレもんは最も原本に忠実な日本の表紙で初めて再印刷され、ベトナムでカラー印刷技術が導入された後のことでした。この版は1992年の原本の日本の表紙を特徴としています。

2004年

  • ベトナムがベルネ条約に加盟。これにより「ドラえもん」を含む著作権が国際的に保護されるように。

2008年

  • 映画『ドラえもん のび太の恐竜2006』が、完全な日本のライセンスのもと、ベトナムのCGVベトナム(元メガスター)によって紹介されました。

2010年

  • キムドン出版社がドラえもんの本の全生産を正式に引き受け、元のドラえもんの表紙をベトナム語認証ロゴのステッカーに置き換え、ベトナムで完全に生産されたことを示しました。この年、グエン・タン・ブー氏はハノイに移りました。

2012年

  • 2012年12月12日、キムドン出版社は「ベトナムにおけるドラえもん20周年」イベントをホーチミン市で開催し、ドラえもんがベトナムに導入されてから20年を祝いました。このイベントはまた、CGVベトナムを通じてベトナムでドラえもんの主要な映画シリーズがデビューしたこともマークしました。

2017年

  • 日本のテレビ朝日がPOPS Worldwide(ベトナム)と提携し、ドラえもんをデジタルプラットフォームにデジタル変換しました。2017年までに、POPSはドラえもんのエピソードを放送する独占的なYouTubeチャンネルとなりました。

2023年

  • POPSはベトナムでのドラえもんのデジタル放送を終了し、2023年1月1日からカラー版のコミックブックの導入を計画しました。

2024年

  • ChuKimとLaTinh Foundationが「ドラえもんからドラえもんへ」という展示会を主催しました。これは、1990年から現在までのドラえもんの日本のマンガがベトナムでの導入、出版、影響を振り返る非営利のレトロスペクティブです。この展示会は、ベトナム国立美術大学(VICAS)とキムドン出版社の支援を受け、2024年9月13日にハノイのドラえもんテーマ展示会で開幕予定です。

10年以上前と比較して10倍に!

この展覧会では当時のコミックが飾ってあり、値段も記載されていました。その値段は

  • 2800ドン
  • 6500ドン

でした。現在のコミックの値段を聞いてみたところ、24000から50000ドンらしいので10倍になっていますね。

  • 初期: 最初のレンタルショップが開業したのは1990年代後半。1冊200ドンという手頃な価格で、貧しい家庭の子供たちにも読書の機会を提供しました。
  • 2000年代: レンタルの需要が高まり、多くのショップが競合。レンタル価格は少しずつ上昇し、一冊あたりの平均レンタル料が800ドンに達しました。
  • 現在: デジタル化の波に乗り、オンラインでの書籍レンタルサービスも登場。しかし、物理的な本の魅力は今も変わらず、多くの人々に愛されています。

 

マーケティングについて【どこでキャッシュポイント作るの】

私はインドとベトナムで実際に働いたことがありますが、ドラえもんの認知度は半端じゃないです。やばいです。ドラえもんのおかげで日本人のことをよく思ってくれている人が世界中に多くいます。アニメのパワーはやばいですね。ドラえもんがいなかったらそんなに世界の人は日本人に優しくしてくれてなかったと思いますね。

仕事上、経営とかマーケティングとかと紐づけて考える癖があります。今回のポイントは…。

どのタイミングでキャッシュポイントを作るの?

です。年表で記載の通り、ベトナムではライセンスを無視してドラえもんをベトナムで販売している時期がありました。

  • 「ドレもん」版権のない時期(1992年~)、
  • 「ドレもん」版権のある時期(1998年~)
  • 「ドラえもん」版権のある時期(2010年~)の3期

1992年から1998年は、オリジナルを作成した日本側、クリエイター側にはお金が入ってこなかったかと思います。

「著作権無視して勝手に使うなよ」と思うかもしれませんね。でも『フリーミアム戦略』という戦略がありまして、最初は無料だけどどこからかでお金を取るという戦略です。基本的なサービスや商品を無料で提供し、追加機能やサービスを有料で提供することで収益を上げるんですね。

言い方を変えると「認知」してもらうために多くの人に使ってもらう。見てもらう。楽しんでもらう。ことが大事なんです。

なのでもし1992年くらいからガチガチに日本側がライセンスについて厳しく指摘しすぎていたら(それが出来たかわからないですけど)ベトナムでは誰もドラえもんを知らないで終わりってなっていたかもしれないんですね。

そう考えると「まあ、著作権や版権を無視してたけど、広めてくれてありがとね」ってなるわけです。30年後、物価は10倍くらいになっているわけなので、日本からすると外貨を稼ぐ(日本のコンテンツを買っているくれる)という意味でベトナム市場は魅力的です。

ただ、ずっとフリー(無料)じゃあしょうがないのでどこかでキャッシュポイントを作らなきゃという問題が生じてきますよね。外貨を稼ぐために。ドラえもんの場合は1998年と2010年がそのタイミングだと言えるかもしれません。

我々のビジネスでも「どこでキャッシュポイント」を作るの?というのは非常に悩ましい問題として付きまといます。非常に難しい!ここをどのように?どのタイミングで?何で?というのが経営のポイントでしょう!

この点を強く意識して私もベトナムビジネスを頑張っていきたいです!少しでもお役にたてれば幸いです。